沿革


天平勝宝6年(754)中国から渡来して、奈良唐招提寺に住持した鑑真和上の高弟、智威大徳が隠棲した所で春日禅房と称し、その跡を伝教大師最澄が大原寺の名で寺としました。

弘仁年間(810〜824)には弘法大師空海が巡錫して、本尊の三面千手観世音菩薩立像を彫刻されたと伝えられています。

応仁の乱の戦火で焼失しましたが、元和元年(1615)に、恵雲律師、徴円律師により正法寺として再興され、元禄年間(1680〜1703)には、徳川綱吉の母、桂昌院の帰依を受けて、徳川家代々の祈願所となりました。
また、庶民には西山のお大師さんとして信仰されました。

通称を「石の寺」というのは、境内全体で200トンに及ぶ巨岩が全国各地から集められていることに由来します。幾つも有る庭園のうちで著名なのは「宝生苑」で、彼方に東山連峰を望む借景式山水庭園ですが、お堂の畳に座って眺めると、庭石の形が何となく鳥やペンギン、兎など、15種類もの動物の形に似ているため、「鳥獣の石庭」と呼ばれています。


※正法寺の詳細な縁起はここにあります。